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志穂美悦子と長渕剛の馴れ初めは?結婚引退後歌手デビューまでの経歴まとめ

志穂美悦子と長渕剛の馴れ初めは?結婚引退後歌手デビューまでの経歴まとめ
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長渕剛さんの妻・志穂美悦子さんは日本人初の本格アクション女優。

シャンソン歌手として再び芸能活動を再開される志穂美悦子さんですが、長渕剛さんとの馴れ初めや芸能界引退後の経歴はどのようなものなのでしょうか。

そこで今回は、志穂美悦子さんと長渕剛さんの馴れ初めや、結婚引退後の歌手デビューまでの経歴についてご紹介します。

志穂美悦子と長渕剛の馴れ初めは骨折?

おふたりの出会いは1986年のドラマ『親子ゲーム』での共演です

そこで、おふたりは恋人役を演じていました。

付き合うきっかけとなったのは、志穂美悦子さんの左手小指の骨折です。

長渕さんが骨折した志穂美悦子さんに付き添って病院に行ったことが馴れ初めではないかと考えられます。

その後、映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演したおふたり。

1987年8月29日に結婚されています。

当時、長渕剛さんは30歳、志穂美悦子さんは31歳で、長渕さんは再婚でした。

入籍のみで済ますつもりだった再婚の長渕さんに対して、志穂美悦子さんは初婚。

「芸能人としてでなく、普通の人としてひっそり式を挙げたい」という希望により、双方の両親と親しい知人のみを招待し、式を挙げました。

その後、志穂美悦子さんは芸能界を引退。

3人のお子さんにも恵まれます。

長渕剛さんは、不倫や大麻所持による逮捕などいろいろな出来事を起こしていますが、現在もおふたりの結婚生活は継続されています。

志穂美悦子の若いころはアクション女優?

志穂美悦子さんのプロフィールはこちら。

プロフィール
  • 名前:志穂美悦子(しほみえつこ)
  • 芸名の名付け親:野際陽子
  • 本名:長渕悦子
  • 旧姓:塩見悦子
  • 生年月日:1955年10月29日
  • 年齢:68歳(2023年5月現在)
  • 職業:俳優(1973-1987)・フラワーアーティスト(2011-)・歌手(2024-)
  • 出身:岡山県岡山市北区
  • 学歴:中延学園高等学校卒業(現在の盟優学院高等学校)

日本初のアクション女優としての道へ

子供のころから運動が得意だった志穂美悦子さん。

幼稚園の時からすでに「私はみんなより足が速い」と感じていたそうです。

中学時代には陸上部に所属し、80メートルハードルで、13秒4という岡山県歴代2位の記録を残しています。

運動神経抜群ですね!

ドラマの影響で俳優・千葉真一さんの熱狂的ファンになった志穂美悦子さんは、持ち前の運動神経を活かしてスタントマンになりたいと思うようになります。

1972年には、千葉真一さんが主宰するジャパンアクションクラブ (JAC) を受験して合格

志穂美悦子さんはJACが初めて輩出した女優さんです!

1973年に千葉真一さん主演の映画に出演し、本名でデビューした塩見悦子さん。

その後、志穂美悦子の芸名で活動されます。

運動神経抜群の志穂美悦子さん。

夫婦喧嘩の際には、千葉真一さん仕込みの回し蹴りをくらわして長渕剛さんをダウンさせたという噂もあります。

長渕剛さんはDV気質の疑惑もありますが、志穂美悦子さんがこれだけ強いから長年夫婦を継続できているのでしょうか。

志穂美悦子は長渕剛と結婚引退後にはフラワーアーティストへ?

1987年の長渕剛さんとの結婚後は芸能界を引退し、子育てや趣味のマラソンをしながら専業主婦をされていた志穂美悦子さん。

2010年には義父の7回忌にフラワーアレンジメントに興味を持ち、習い始めたそうです。

最初は趣味として楽しんでいましたが、東日本大震災をきっかけに本を自費出版。

売り上げを寄付しました。

震災から1年、仮設住宅でフラワーアレンジメントの教室を開いたことがきっかけで、薬師寺から連絡があったそうです。

2014年には「花会式」という大きな行事でで国宝・東院堂を丸ごと花で飾る担当になりました。

そこが志穂美悦子さんのターニングポイントとなったようで、花の勉強、歴史の勉強を徹底的に行って責任を持ったことで、花と向き合う覚悟が決まったようです。

2024年6月志穂美悦子がシャンソン歌手として復帰?

2024年6月9日、東京・渋谷区の古賀政男音楽博物館けやきホールのお披露目コンサートで、「鬼無里(きなさ)まり」の芸名でシャンソン歌手としてデビューすることが決まりました。

コンサートでは、ピーターこと池畑慎之介さん、クミコさん、小林幸子さん、美川憲一さんらとともにステージに立ち、曲を披露する予定です。

シャンソン歌手を目指したきっかけ

アクション女優として活躍するかたわら、20歳過ぎから、東京銀座のシャンソン喫茶にも出入りしていた志穂美悦子さん。

関係者は「最近、シャンソンを再び歌い始めていました。

自分の人生、経験を歌える年齢になったことが理由のようで、本気でプロのシャンソン歌手になろうと決意したようです。

かつて誰もやっていなかったアクション女優で日本一を目指し、花創作家にも挑戦したように、いくつになっても新しいことに挑戦する開拓精神で、また『あっと言わせたい』と思っているようです」と話した。

https://news.yahoo.co.jp/articles/a3acee6f2686e7e8f7b33b8a768f711bc895da84

今年68歳になる志穂美悦子さんですが、アクション女優、フラワーアーティスト、シャンソン歌手とつぎつぎと新しいことに挑戦される姿がステキですね。

芸名「鬼無里(きなさ)まり」の由来について

芸名の「鬼無里」は長野県にある地名です。

コロナ禍前に訪れたさいに、すてきな地名と意識していたそうです。

「まり」は初めてレギュラーになった特撮テレビ番組の役名から。

シャンソン歌手としてのゼロからスタートするにあたり、その本気度を自ら考えた新しい芸名に込めたようです。

志穂美悦子と長渕剛の馴れ初めやシャンソン歌手デビューまでの経歴まとめ

今回は、志穂美悦子(しほみえつこ)さんと長渕剛さんの馴れ初めや、志穂美悦子さんがシャンソン歌手デビューするまでの経歴をまとめました。

  • 志穂美悦子さんと長渕剛さんの馴れ初めはドラマ共演のさいの志穂美悦子さんの骨折
  • 志穂美悦子さんは、千葉真一さんが主宰するジャパンアクションクラブ (JAC)に所属する日本初のアクション女優
  • 長渕剛さんとの結婚後は芸能界を引退し、フラワーアレンジメントの道へ
  • 2024年6月には、「鬼無里(きなさ)まり」の芸名でシャンソン歌手として復帰予定

以上のことが分かりました。

志穂美悦子さんは筋トレは今もかかさず続けているそうなので、体幹はバッチリなのではないでしょうか。

シャンソンは年齢を重ねるごとに深みが増していく気がします。

新たな挑戦、ご活躍を応援していきます!

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